教師として、30年以上、教育の現場に立ってきました。その中で、たくさんの「変化」を見てきました。できなかったことができるようになった子。自信を失っていた子が、自分から動き始めた瞬間。人との関わりを避けていた子が、少しずつ心を開いていった場面。そうした瞬間に立ち会うたびに、教育という仕事のやりがいを感じてきました。
その一方で、一生懸命教えても、なかなか変わらないこともありました。同じように時間をかけて関わっているつもりなのに、変わっていく子と、なかなか変わらない子がいる。最初はその違いが、指導方法の差だと思っていました。しかし長い時間をかけて、少しずつ気づいたことがあります。
人は、正しいことを教えれば変わるわけではない。
こんにちは、ハーバード大学流心理学で心と脳をポジティブに整える専門家、長沢修司です。
今日、新しい気付きや心動くこと見つけましたか?
自分の強みを生かしながら、モチベーション高く、前向きに、そして、ワクワクしながら、自分で考え行動し、ポジティブで健康な心で生きられるようにサポートしています。
これは、教育に携わる者としては、少し居心地の悪い結論かもしれません。私たちは、良い教材を用意し、分かりやすい説明を工夫し、根気強く指導を続けます。それ自体は間違っていません。けれど、それだけでは説明できない「変化の瞬間」が、確かに存在するのです。
では、人が本当に変わるのは、どんな瞬間なのか。今日はこの問いを起点に、私が30年以上の現場で見てきたことを、できるだけ率直にお話ししたいと思います。理論の解説というより、一人の教育者が現場で見て、感じて、少しずつたどり着いた実感として読んでいただけたら嬉しいです。
教師になった頃の私は「教えれば変わる」と思っていた

若い教師だった頃の自分を振り返ると、今では少し恥ずかしくなることがあります。当時の私は、「分かりやすく説明すれば伝わる」「繰り返し教えればできるようになる」「良い指導をすれば子どもは変わる」と、素朴に信じていました。
もちろん、教える技術は大切です。教材の工夫、説明の順番、褒め方一つで、伝わり方は大きく変わります。しかし教育現場、とりわけ特別支援教育の現場では、技術だけでは通用しない場面がたくさんありました。「なぜ伝わらないのだろう」と悩む日々。何度説明しても届かないこともあれば、逆に何気ない一言で、子どもの表情がふっと変わることもある。
そうした経験を重ねる中で、私は徐々に気づいていきました。「どう教えるか」の前に、「その人がどう感じているか」がある、ということに。教える技術より先に、相手の心の状態を見る必要があったのです。これは、教育書を何冊読んでも分からず、現場に立ち続けたからこそ、ようやく体で理解できたことでした。
人が変わる最初の瞬間 ―「できた」が生まれたとき

ここからが、私がこの記事で一番伝えたいことです。
難しい課題を、何度やってもうまくいかない子どもがいました。方法を変える。課題を小さく分ける。急かさずに待つ。できたことを、どんなに小さくても見逃さずに認める。それを繰り返していくうちに、ある日、ほんの少しだけできるようになる瞬間が訪れます。
そのときに見せる表情を、私は今でも覚えています。驚いたような、でもどこか誇らしげな顔。言葉にはならなくても、その子の中で何かが動いた瞬間だと分かります。
「できた」という経験は、単なる技能の獲得ではありません。その人の中に、「もしかしたら、自分にもできるかもしれない」という感覚を生み出します。心理学では、この感覚を自己効力感と呼びます。私はこの言葉を後から知りましたが、現場で繰り返し見てきたのは、まさにこの感覚が芽生える瞬間でした。理屈より先に、現実がそれを教えてくれていたのです。
もう一つの「人が変わる瞬間」―「自分を信じてくれる人がいる」と感じたとき
教育現場で分かったもう一つのことがあります。それは、人は一人では変わりにくい、ということです。
うまくいかないときに、「大丈夫」「もう一度やってみよう」「ここまではできたね」と言ってくれる人がいる。その存在が、人を支えます。これは教師だけの役割ではありません。保護者、友達、同僚——誰かがそばにいて、信じてくれることに、大きな意味があります。
人は、自分で自分を信じられない時期があります。うまくいかないことが続くと、「自分にはできない」という思いが積み重なっていきます。そんなとき、誰かが自分を信じてくれることで、もう一度自分を信じられるようになる。これは、レジリエンスにおける「人とのつながり」そのものだと、今の私は理解しています。当時は言葉にできませんでしたが、確かにそこにあった力です。
人は「失敗しなくなったとき」に変わるのではない
成長していった子どもたちも、失敗しなくなったわけではありません。昨日できたことが、今日はできないこともあります。元に戻ってしまうこともあれば、途中で嫌になってしまうこともある。
それでも、「もう一回やってみよう」と思えるようになる。私は、この変化こそが重要だと考えています。うまくいかない日があっても、それで終わりにしない。また戻ってきて、もう一度手を伸ばす。
本当の成長とは、失敗しない人になることではなく、失敗しても戻ってこられる人になることなのかもしれません。私が現場で見てきた「成長」は、いつも直線ではなく、行きつ戻りつしながらの道のりでした。
「変えてあげよう」とすると、人は変わらない

ここからは、少し深い話をします。
教師も、親も、上司も、コーチも、「この人を変えてあげたい」と思うことがあります。その気持ち自体は、決して悪いものではありません。相手を思うからこそ生まれる気持ちです。しかし、人は他人から変えられることには、抵抗するものです。強く言われるほど、かたくなになってしまうことさえあります。
本人の中に、「やってみようかな」「変わりたいな」「自分にもできそうだ」という気持ちが生まれたとき、初めて変化が始まります。それまでどれだけ正しいことを言っても、本人の中にその準備が整っていなければ、言葉は表面を滑っていくだけです。
だから支援する側の役割は、相手を変えることではなく、相手が自分で変わるための条件を整えることなのだと、私は考えるようになりました。環境を整え、待ち、小さな一歩を見逃さないこと。それが、私にできる精一杯のことでした。焦って結果を求めるほど、かえって相手は動けなくなる。そのことを、何度も現場で思い知らされました。
子どもだけではなかった―大人も同じように変わっていく
教師を退職し、大人の方々と関わるようになって気づいたことがあります。40代でも、50代でも、60代でも、本質は同じだということです。
人は、小さな「できた」を経験し、誰かに認められ、自分の可能性を少し信じられるようになると、動き始めます。逆に、「もう歳だから」「自分には無理だ」と思い続けていると、能力があっても動けなくなってしまいます。これは、子どもたちを見てきた30年間で、何度も目にしてきた構図と同じでした。
人が変わる可能性に、年齢による締め切りはありません。私はそう思っています。
だから私は「レジリエンス」を伝えている
30年以上の教育経験を振り返ると、そこには共通する要素がありました。感情を整えること。「自分にもできる」と思うこと。「きっと何とかなる」と未来を見ること。支えてくれる人とつながること。
これらは、今の私が伝えている、感情のコントロール・自己効力感・楽観性・人とのつながりという「4つの心の筋肉」そのものです。
理論を知ったことで、教育現場での経験を言葉にできるようになりました。そして、教育現場での経験があったからこそ、理論を単なる知識ではなく、実感として理解することができました。この二つが、今の私の土台になっています。
今、私が大人たちに伝えたいこと
もし今、「今さら変われない」「何度挑戦しても続かなかった」「自分には自信がない」と思っている方がいたら、伝えたいことがあります。
大きく変わる必要はありません。まず、小さな「できた」を一つつくる。そして、それを自分で認める。そこから、人は動き始めます。私が現場で見てきた変化は、いつもそんな小さな一歩から始まっていました。
まとめ ― 人が変わる瞬間とは

30年以上、人が成長する姿を見てきて、私が思う「人が変わる瞬間」。
それは、誰かに「変わりなさい」と言われた瞬間ではありません。「もしかしたら、自分にもできるかもしれない」——そう本人の中に、小さな希望が生まれた瞬間です。
そして、私の仕事は、人を変えることではないと思っています。その人の中にすでにある力を、一緒に見つけること。そして、「もう一度やってみよう」と思える環境をつくること。
これは、子どもに対しても、大人に対しても変わりません。相手を変えようとするのではなく、相手の中にある小さな芽に気づき、育つための場を整える。それが、教育者としても、今の仕事においても、私が一貫して大切にしていることです。
30年以上教育に関わり、今の仕事をしている私が、ようやくたどり着いた答えです。そしてこの答えは、これからも現場に立ち続ける中で、少しずつ形を変えていくのだろうと思っています。
それでは、また!






























